朝、家族が出かけたあとの静かなキッチンで、冷めたコーヒーを飲みながら、ふと思ったことはありませんか。
「あれ、私って最後にいつ、自分のために何かしたっけ」って。
子どもの弁当を作って、洗濯物を回して、職場では笑顔で対応して、帰ったらまた夕飯の支度。合間に夫や親の愚痴を聞いて、寝る前にやっとスマホを開いたら、もう日付が変わっている。
そういう毎日を「普通」だと思って過ごしている方に、今日は少しだけ、私の話をさせてください。
私は山元幸代といいます。フェムケアの専門家として、女性の心と身体に向き合う仕事をしています。でも、この仕事にたどり着くまでに、ものすごく遠回りをしました。
◇ ◇ ◇
20代の頃、建設業界で働いていました。現場はほとんどが男性。「女が現場に入るな」と面と向かって言われたことも、一度や二度じゃありません。
それでも「いい建物をつくりたい」という気持ちだけで踏ん張っていた。重い資材も持ったし、体力勝負の現場にも出た。「大丈夫です」「やれます」が口癖でした。
でもね、今振り返ると、あのとき私は「女であること」を少しずつ棚の上にしまっていたんです。生理がつらくても、体調が悪くても、そんなこと言ったら仕事を任せてもらえなくなる。だから黙って、歯を食いしばって。
身体の声を後回しにすることが、いつの間にか「当たり前」になっていました。
その代償は、30代で現れました。婦人科疾患です。
13年間、痛みや不調と向き合い続けました。理由のわからない不調。誰に相談してもはっきりしない答え。「もっと頑張らなきゃ」と、知らず知らずのうちに自分を責めるようになっていた。
ハーブ、アロマ、ホメオパシー、温熱療法、マクロビ、断食──「人には本来、治る力がある」という言葉を信じて、自分の身体を実験台にしながら、ありとあらゆることを試しました。
皮肉なことに、その過程で治療家としての技術を身につけ、人の身体に向き合う仕事をするようになった。周りの人はどんどん良くなっていくのに、肝心の自分だけが治せない。
「人は整っていくのに、どうして私は、あと一歩、良くならないんだろう」──ずっとそう思っていました。
◇ ◇ ◇
40歳のとき、子宮を摘出しました。
手術の前は、意外と淡々としていました。「大丈夫、これで楽になるから」と家族にも自分にも言い聞かせて、手を握りしめて手術室に向かった。
でも、麻酔から覚めた瞬間、全部が崩れました。
天井を見上げたら、涙でにじんでぼやけていた。声を出して泣かないように奥歯を噛みしめて、でも涙は止まらなくて。
身体の痛みだけじゃなかった。「自分で自分を治す」という、13年間しがみついてきた生きる目標が、手術と一緒に消えてしまった感覚。解放されたはずなのに、取り残されたような気持ち。楽になるはずなのに、進む方向を見失ったような。
解放と喪失が同時に押し寄せてくる、ちぐはぐな感情でした。
でも、そのどん底で、ひとつだけ腑に落ちたことがあったんです。
私はずっと、「病気がある自分」をどうするか、「女性としての役割」をどう果たすかばかり考えていて──「自分自身」を生きていなかった。
母として、妻として、社会が求める役割として。誰かから見た自分で、ずっと生きてきた。
子宮があること、産めること、耐えること。知らないうちに自分でつくり上げて、世間からも刷り込まれてきた「女性像」に、私はずっと縛られていたんだと思います。
そして、その「象徴」を失って初めて、自分に問いかけることができたんです。
「私は、どう生きたい?」
それまでずっと主語が「お母さん」「奥さん」「先生」だった私の人生に、初めて「私」という主語が戻ってきた瞬間でした。
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なぜこんな話をするかというと、これは決して私だけの話じゃないからです。
全国から届く相談を聞いていて、本当に強く感じるんです。優しい人ほど、自分を後回しにしている。家族のため、職場のため、周りのために頑張れば頑張るほど、自分自身がどこにいるかわからなくなっていく。
そしてね、ここが一番伝えたいところなんですけど──
自分を見失っている人のそばにいる家族もまた、迷子になるんです。
お母さんが無理して笑っているのを、子どもは見ています。「お母さん、本当は大丈夫じゃないんじゃないかな」って、小さな胸で感じ取っています。でも言えない。だって、お母さんが「大丈夫」って言っているから。
パートナーだって同じです。目の前にいるのに、本当のあなたに触れられない。何を考えているのかわからない。助けたいのに、助け方がわからない。
あなたが「自分」に戻れないでいる限り、あなたの周りの人も、あなたとの関わり方がわからなくなってしまう。優しさで自分を消してしまうことは、結果的に、大切な人たちからも「本当のあなた」を奪ってしまうことなんです。
◇ ◇ ◇
私がフェムケアという言葉を大切にしているのは、デリケートゾーンのケアとか、生理用品の話だけではありません。
フェムケアの本質は、「自分の人生を、自分に取り戻すこと」だと思っています。
女性の身体は、ホルモンの波とともに揺れ動きます。1ヶ月のうち、ベストパフォーマンスで動ける日なんて、実はたった10日くらい。思春期から更年期まで、常に変化し続ける。それは弱さじゃなく、ごく自然なことです。
でも、その自然なことを「仕方ない」「我慢するもの」として蓋をしてきたから、多くの女性が自分の身体とうまくつきあえないまま走り続けてきた。
自分の身体を知ること。揺れを受け入れること。無理をしない選択ができること。それが、フェムケアの入り口です。そしてその先にあるのは、「どう生きるか」「どんな自分でありたいか」という問いに向き合うこと。
私が子宮を失ったあと、ひとつだけ確信したことがあります。
自分を大切にすることは、わがままじゃない。
むしろ、自分が整って初めて、周りの人を本当の意味で大切にできるんです。
私は二度、離婚を経験しました。「私はどうしたいの?」──その問いに向き合った結果です。誰かの望む「私」を演じるのをやめて、本当の自分に会ってみたいと思った。
今、シングルマザーとして、自分のなりたい「私」を生きています。大変なことも多いけれど、少なくとも今の私は、自分に嘘をついていません。そして不思議なことに、自分の軸が定まってからのほうが、子どもとの関係も、仕事の相談に来てくれる方との関係も、ずっと深くなりました。
「女性の元気は、世の中を変える」──これは、私が大切にしている言葉です。身体の元気だけじゃなく、心の元気。自分を生きている実感。それが家庭に広がり、社会にまで届くんだと、私は経験を通して信じています。
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ここまで読んでくださったあなたに、ひとつだけお願いがあります。
今日、5分だけでいいから、自分のための時間をつくってみてください。
温かいお茶を丁寧に淹れて飲むのでもいい。お風呂にちょっとだけ長く浸かるのでもいい。夜寝る前に、自分の身体にそっと手を当てて、「今日もお疲れさま」って声をかけるだけでもいい。
大げさなことじゃなくていいんです。「自分のことを後回しにしない」という小さな選択を、今日ひとつだけ。
それが、あなたの人生をあなたに取り戻す、最初の一歩になるかもしれません。
昨日までの選択が今日の自分をつくっているなら、今日の選択は、未来の自分をつくります。
人生の設計図は、何度でも描き直せます。
あなたの人生は、あなたのものです。