「もっと自由に生きたい」「自分を好きになりたい」──そう思っているのに、いざいいことが起きそうになると、急にブレーキがかかる。

「私だけ楽しんでいいのかな」「こんなに順調なの、なんか怖い」って。

心当たり、ありませんか。

実は、私がまさにそうでした。

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13年の闘病と子宮の全摘を経て、ようやく身体が楽になり始めた頃のこと。周りの人が「よかったね」「これからだね」と声をかけてくれるのに、私の心はなぜかどんどん不安になっていきました。

痛みがないことが、怖い。苦しくない毎日が、落ち着かない。

変な話ですよね。でも、本気でそう感じていたんです。

13年間、痛みと一緒に生きてきた私にとって、「苦しいのが普通」になっていた。だから、楽になった途端、脳が「これは知らない場所だ、危険だ」と警報を鳴らし始めたんだと思います。

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これ、脳の仕組みとして自然なことなんだそうです。

人間の脳にとっての最優先事項は「幸せになること」じゃなく、「生き延びること」。どんなに苦しくても、昨日まで生きてこられた環境が、脳にとっては「安全な場所」。新しい幸せに向かおうとすると、脳は「未知の領域」だと判断して、罪悪感や不安というブレーキをかけてくる。

「私なんかが幸せになっていいのかな」という気持ちの正体は、意気地がないんじゃない。脳があなたを守ろうとしているだけなんです。

でもね、守りすぎて動けなくなったら、本末転倒ですよね。

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私がそのブレーキを少しずつ外せたのは、大きな決意なんかじゃなくて、本当に小さなことの積み重ねでした。

たとえば、自分が食べたいものを、自分で選ぶ。「子どもが好きなもの」「家族が喜ぶもの」じゃなくて、「私が今、一番食べたいもの」を。

ある日、一人でカフェに入って、ケーキを頼みました。たったそれだけのことなのに、胸がざわざわした。「こんな時間に一人で甘いもの食べてていいのかな」って。

でもね、一口食べたら、すごくおいしかった。そのとき、「ああ、私、こういう小さな幸せを自分に禁止してたんだな」って気づいたんです。

ブレーキを外すのに、特別なことは要りません。まず、不安が出てきたら「ああ、脳が私を守ろうとしてくれてるんだな」と認めてあげる。それから、「自分を後回しにすべき」という古いルールは、かつての環境で生き延びるために必要だったもので、今の自分にはもう合わないかもしれない、と気づくこと。

そして、小さな「快」を自分に許すこと。

今日のおやつを自分の好みで選ぶとか、帰り道にちょっとだけ遠回りして好きな花を見るとか。それだけで、脳は少しずつ「幸せになっても大丈夫なんだ」と学び直してくれます。

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もうひとつ、私が実感していることがあります。

人は、自分が信じていることの「証拠」ばかり集めてしまう生き物です。「私は幸せになってはいけない」と思っていると、脳はその証拠をどんどん拾ってくる。失敗したこと、うまくいかなかったこと、自分がダメだった場面ばかりが目に入る。

でも、「私だって幸せを受け取っていい」と、たった一度でも本気で思えたとき、不思議なことに、周りにあった小さな幸せが見えてくるようになるんです。

ずっとそこにあったのに、フィルターが邪魔して見えなかっただけ。

私はずっと「治らない自分はダメだ」と思って生きてきました。でも、手術後に主治医にこう言われたんです。「普通なら2年ももたずに子宮を取るケースがほとんどです。よく13年もこの身体で頑張りましたね」って。

その瞬間、胸の奥が熱くなりました。治ったかどうかじゃなく、13年生き抜いたこと自体が結果だった。フィルターが外れた瞬間でした。

あなたは、幸せを受け取るのに十分な人です。

今日、たったひとつでいい。「私のための小さな贅沢」を自分に許してみてください。

それが、古いブレーキをゆるめる最初の一歩になります。