毎日忙しく過ごしていると、「自分が本当はどうしたいのか」がわからなくなることってありませんか。

朝起きて、家事をして、仕事に行って、帰ってきて、寝る。その繰り返しの中で、「やりたいこと」と「やらなきゃいけないこと」の境目がどんどん曖昧になっていく。

いつの間にか、「正しいか正しくないか」でしか物事を判断できなくなっている自分に気づいて、ハッとする。

私はずっと、そうでした。

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私は長い間、「○か×か」で自分を測っていました。

治ったら○。治らなかったら×。うまくできたら○。できなかったら×。

でも、あるとき気づいたんです。その物差し、本当に私のものだったのかなって。

振り返れば、父の価値観、母の価値観、夫の価値観、社会の価値観。いつの間にかそれを自分の基準だと思い込んで、自分自身にも押しつけていた。

マーケティングの世界では「人は感情で決断して、理屈で後から言い訳をする」と言われるそうですが、日常でもまったく同じだと思います。

どんなに「正しい選択」を頭で考えても、心の奥が「なんか違う」と感じていたら、人生はどこか重苦しくなる。

私が13年間、治療を続けながらも心が晴れなかったのは、「正しいこと」ばかりやって、「心地よいこと」を後回しにしていたからかもしれません。

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子宮を失って、いろんなものを手放して、ようやく自分に問いかけることができたんです。

「私は、何を感じたい?」って。

「何を持ちたい」でも「何を達成したい」でもなく、「どんな気持ちで毎日を過ごしたい?」という問い。

答えは意外とシンプルでした。安心していたい。穏やかでいたい。自分に正直でいたい。

高級なものが欲しいわけでも、特別なステータスが欲しいわけでもなかった。

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そこから、小さな「心地よさ」を大切にする練習を始めました。

朝、少しだけ早く起きて、好きなお茶を淹れる。肌触りのいいタオルを選ぶ。疲れたら「疲れた」と正直に言う。

大きな目標なんかなくていい。今日できる小さな「快」を、ひとつ選ぶだけ。

それだけで、ストレスで麻痺していた感覚が少しずつ戻ってくるんです。「あ、私、これが好きだったんだ」「こういう時間が欲しかったんだ」って。

私は建築士として働いていた頃、家の設計をしていました。家って、住む人が帰ってきたときに「ほっとする場所」であるべきだと、ずっと思っていた。

今は、自分の人生そのものが「帰ってきたらほっとする場所」であるべきだと思っています。

その設計図を描くコンパスは、「正しさ」じゃなく、あなたの「心地よさ」の中にあります。

今日、ひとつだけ。「正しいかどうか」じゃなく、「心地いいかどうか」で何かを選んでみてください。

昼ごはんのメニューでも、帰り道のルートでも。

それが、あなた自身の人生を描く最初の一筆になります。